特集「経営者インタビュー」

フランスの恋人、 その魅力を日本に紹介したい

プラスチックカードへ直接プリントできるフランスのカードプリンター「エボリス」シリーズを販売するカーデックス株式会社。社員証・学生証・会員カード・名札等が簡単に発行できるということで、今や企業や公共機関で需要を伸ばしている。そんなカーデックスの代表取締役である横畑社長に、製品への想いと今後の事業展開について聞いた。

エボリスとの運命的な出会い

――カードプリンターエボリス(EVOLIS)との出会いについて教えて下さい。
 2002年の秋に、あるコンサルタントからオファーをいただき、今弊社の入っているビルの2階でエボリスCEOと出会いました。彼はスポーツバックから徐にプリンターを取り出し、パーンと机の上に置くと説明し始めました。正直に言うと、私はその時ライバル会社の商品を扱っていたので、面談の30分間批判ばかりしていたように思います。彼のデモンストレーションが終わっても、特別な思いはありませんでした。
 しかし、何だかエボリスの事が気になる。社長と別れた後にエボリスへの愛着がふつふつと生まれ、移動の飛行機の中でも気になってしょうがない。結局「やはり誰にも渡したくない」と思い直して、辞書を引きながら、その夜ラブレターに近いメールを先方へ送りました。
――それは、エボリスという製品に魅せられたということでしょうか?
 そうですね、少しは「組織の中で自分の評価を上げたい」という、不純な部分はあったと思います。それでも、それ以上に「好きな子を他の人には触られたくない」と言いますか、「他の人にはどうしても任せたくない」という強い気持ちがありました。まるでフランスの恋人を、本当にその子の価値を分かってもらえる人に、私が日本で正しく紹介しなければというような使命感でした。
 先方からは一週間くらい返事が来ませんでしたが、再度連絡をすると、直接前向きなお返事が来ました。そして、当時勤めていた会社のいちプロジェクトとして稼動し始めたのです。

4人のスペシャリスト

――ゼロからの立ち上げでしたが、どのようなことから取り組みましたか?
 最初は、パンフレットとウェブサイトを制作しました。個人的に音楽関連のホームページを持っていて、アクセスを伸ばす研究をしていた甲斐もあり、週に3〜4件のお問い合わせが入るようになりました。さらにデモ機を仕入れていたので、それを担いでデモンストレーションをすると、月に3台程売れました。ただ、これではビジネスにならないし、駄目かなという思いでした。
 問題も山積みでした。フランスの製品なので、ソフトフェア自体が日本向きではなくて、バグもすごかった。ユーザビリティを上げるために、何時間もフランスへ向けてメールを打っては、改善のために奔走しました。内勤の業務が多くて、営業へ出向く余裕がなく、受注に関してはしばらく受け身の状態でした。そのうち、サポートしてくれる女性が加わり、番頭さんの様な存在である今の専務が営業として加入。2年目に入り技術者も加わってからは、爆発的に事業が伸びました。やはり、マンパワーはすごいですね。みんな、エボリスを愛し、私の思いに共感してくれたメンバーだったのも大きいと思います。
フランスのエボリススタッフが来日する時は、このように自己紹介しています。「エボリスを日本で1番愛している人間と、日本一販売している営業、日本一使っているオペレーター、そしてエボリスを隅々まで知り尽くした技術者のいる会社です」と。 思い入れが違うのです。

これだけはどうしても譲れなかった

――独立されたきっかけはありましたか?
 ――独立されたきっかけはありましたか?  サラリーマン時代の私は、「企画を立ち上げては配置転換」という経験を繰り 返していました。もちろん組織でいる以上仕方ないことですが、エボリスの事業 も軌道に乗った頃、そろそろ配置換えの時期に来ていることをうすうす感じてい ました。私には、起業しようという野心などありませんでしたが、いざエボリス を引き継ぐことを考えると、例えチームのメンバーであっても、これだけは譲れ ないという衝動にかられました。まるで娘を嫁に出すような気分です。
 常々私は「日本で一番エボリスを愛している」というようなことを言っていた ので、日々悶々としていると、妻に「そんなに好きで思い入れがあるのなら、あ なたがエボリスになったらいいじゃない」と言われたんですね。ちょうどその頃、 エボリスより直接私にオファーがあり、日本のビジネスプランを依頼されており、 これをきっかけに独立という道を選びました。

ライフワークにしたいという想い

――独立を決意した決め手は何だったのでしょうか?
 やはり、エボリスの仕事をライフワークにしたいという想いがありました。起業時は自宅が仕事場でしたので、家族には苦労をさせましたね。幕張にオフィスを持つ知り合いから事務机を譲り受け、息子が4トントラックで徳島の自宅まで運びました。親父まで呼び出して家族総出で2階へ運んで、なんとか体裁を整えて。備品、設備も業者さん任せにしなかったので、大変な労力を必要としましたが、こだわりを大切にしました。
 独立はひとりで決めましたが、エボリスを愛している信頼のおける勇気あるメンバーが、私の所に押しかけてきてくれた事が、会社の成長へとつながりました。
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